この日本武尊の銅像は、明治10年の西南の役に石川県から出征し戦没した約400名の兵士を慰霊する「明治紀念之標」です。 この像の両側には戦没者の霊を慰めるため、特に低い姿に剪定され広く枝を展開した素晴らしい「名松」があります。 前に見える数本の丸太は、毎年この名松に使われる芯柱と付属の部材です。